【愛着障害編③】愛着障害(アタッチメント障害)を発症したAさんのストーリー
リーブラ相談室では、月に1回の「夫婦・家庭問題専門相談日」を設けています。離婚や別居、夫婦関係の不和、それに伴う子どもへの影響や子どもへの対応などのご相談を受けている元家裁調査官(臨床心理士)が、皆様のご相談のヒントとなる情報をコラム形式でお伝えしています。
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脱抑制型愛着障害のAさん。1回目はAさんの幼少期、そして2回目はAさんの思春期についてお伝えしました。いずれの時期も、相手との距離が近すぎたり、求めすぎたり、操作的であったりで対人関係に問題を抱えてきました。
今回の第3回では、誰とも安定的な対人関係を築けなかったAさんが、パートナーとどのように関係を築いていくのかについて、見ていきたいと思います。
愛着障害(アタッチメント障害)を発症したAさんのストーリー①はこちら
愛着障害(アタッチメント障害)を発症したAさんのストーリー②はこちら
【愛着障害編③】
愛着障害(アタッチメント障害)を発症したAさんのストーリー
25歳になったAさん。勤めていた会社でBさんという男性に出会いました。職場でも対人関係にトラブルを抱えがちだったAさんですが、Bさんとは仲良くすることができました。ある日、AさんはBさんが喜んでくれる・好意をもってくれると思って、いつもの調子で心情を打ち明けます。
Aさん)「私、これまでいつも人とはトラブル続きで、仲良くなれたと思ったら裏切られて。そんなことを繰り返してきたの。でも、Bさんとはずっと仲良くなれそうで嬉しい。」
少し顔を曇らせたBさん)
「そうなんだ。僕はまだ一緒に働くようになって間もないし、そこまで仲良くできるかどうか分からないけど。でもこれからもよろしく!」
Aさんは期待の回答でないことに驚くと同時にがっかりしました。そしてその日から、AさんとBさんの奇妙な関係が続きます。毎日二人は会話を交わし、Aさんも積極的に様々な話をしました。そんな毎日の中でAさんがBさんに心理的に近づこうと食事などに誘うと「職場の同僚という関係だし、二人ではね。」と断られるのでした。こんなことが続きAさんは耐えられなくなって、Bさんに尋ねました。
Aさん)「Bさんは私のことどう思っているの?私のこと好きじゃないの?」
Bさん)「Aさんは好きか嫌いかどちらかしかないと思っているの?僕はその間で迷っているんだよ。かわいいし二人で話していると楽しい時もあるけど、時々急に怖くなったり不安になったりすることがある。なぜそう思うのか考えてみたんだけど、Aさんは距離が近すぎるんだよ。僕らはまだ職場の同僚という関係なのに、Aさんの母子関係の話とか、対人関係の悩みとか詳細を聞かされても重いんだ。力になりたいという気持ちもあるけど、今の段階ではそこまで面倒をみきれない、抱えられないという思いが強い。」
これを聞いたAさんは面喰いました。これまで、異性に相談をもちかけると、親身になって聞いてくれたし、そうやって自己開示することですぐに深い関係になれていたからです。
しかし、Bさんには通じません。
Bさん)「話を聞いていると、Aさんはきっと母子関係に大きな問題を抱えているんだと思う。それが異性や友人との付き合い方にも影響していて、トラブルになっているんだと思うな。」
それを聞いたAさんは怒りが湧いてきました。これまで抱えてきた対人トラブルは、全て相手の裏切りが原因であり、自分に問題はないと思っていたからです。それなのに、BさんはAさんにも問題があるような言い方をします。信頼していたBさんにまた裏切られたような気がしました。
いつものAさんであれば、すぐに関係を切るのですが、Bさんは相変わらずほかの同僚に対するのと同じようにAさんにも挨拶をしてきます。そしてまた毎日話をする。そんな関係が続き、とうとうAさんはきちんと交際を申込みました。その際、Bさんはこう言いました。
Bさん)「Aさんは対人関係に問題を抱えている。だから、職場でも僕以外の人と良い関係が築けていないのは知っている。僕を束縛したり、操作しようとすることもあるように感じる。それでも僕はAさんに好意があるからうれしいし付き合いたいけど、その条件として、一緒に心療内科に行ってほしい。」
心療内科という言葉を聞いたAさんは驚き、まるで自分を病人のように扱うBさんに敵意すら感じました。ただ、Bさんを好きな気持ちは変わらず、交際するという目的を達成するために、渋々ながらもBさんと一緒に心療内科を受診することにしました。
心療内科では、Aさんの幼少期から現在に至る話をし、またBさんもAさんと付き合っている中で感じていることを伝えました。そしてついた診断が「脱抑制型愛着障害」でした。
Aさんは、まさか自分に病名がつくとは思わず、腹立たしいやら驚くやら、その気持ちをどう処理していいかわかりません。しかし、Bさんと交際を続けるためには「治療に通う」という選択肢しかありません。
治療と言っても、脱抑制型愛着障害に特効薬はありません。時間をかけて「安全基地」(第1回コラム参照)を作るしかないのです。この点、Bさんはとても面白い反応をしました。
Bさん)「僕は、Aさんの安全基地にはなれないと思うので、先生に安全基地になってほしい。」
これを聞いたAさんはまた驚きました。しかし結果的にこのBさんの判断が功を奏することになりました。
交際する中で、AさんはいつものようにBさんを束縛したり、精神的に揺さぶるような言動を繰り返そうとします。そのたびにBさんはするりとAさんの包囲網から抜け出し、「またいつもの癖が出ているよ。先生に相談しておいで。」と言うのです。そういったBさんのつかず離れずの距離感をもった関係性の中で、Aさんはいつの間にか「Bさんは自分の悪いところを知ってくれている。」「それでも離れずにそばにいてくれる」と信頼を寄せるようになりました。これまで異性に感じたことのない、安心感のある感情でした。そして、Bさんも全てを受け止めず「先生に相談しておいで。」と逃げることができるので、重い気持ちや精神的負担を抱えることなくAさんとの関係を続けることができました。
時間はかかりましたが、最終的にAさんとBさんは信頼できる心療内科医に頼りつつ関係を継続、結婚に至りました。
この後のAさんの人生はどうなったでしょうか?
子どもをもつか否かの選択はどうしたのでしょうか?
Bさんとは離婚せずにうまくいったのでしょうか?
愛着障害は明確な治療や特効薬があるわけではなく、子どものときに作れなかった安全基地を再形成していくことで、少しずつ対人関係が安定していくと言われています。Aさんの場合、距離を保ちつつ、でも親身になってくれるBさんという存在があったからこそ治療につながることができました。
幼少期に親(大人)から上手く愛してもらえなかったのは決して子どものせいではありません。しかし、そのために大きな課題を背負って生きていくことになるのです。
このコラムを読んでくださった方の中には、ご自身が対人関係の取りづらさを感じている方もおられるかもしれません。また、愛着障害が疑われる人が周囲にいて、その人間関係に戸惑いや重さを感じている人もいるかもしれません。しかし、その人間性や対人関係はまだまだ変えることができます。
是非、お近くの心療内科やカウンセリングルームなどに相談してみてください。周りの方は、Bさんのように「見捨てず、近づきすぎず」その人がきちんと治療につながるよう、支援してあげてください。「安全基地」になってくれる場所や人を見つけ、お互いを思いやる対等な人間関係を築き自分らしく生きていきましょう。
<完>
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